Conte Aymo Maggi マッジ伯爵
Conte Aymo Maggi。アイモ・マッジ伯爵。発端を13世紀にさかのぼるブレシアの旧家に生まれたマッジ伯爵は、若くして自動車レースに興味と才能を示した。ブレシアは1921年にイタリアGPレースを主催したが、翌年ミラノの近郊にモンザが完成すると、GPレースはそちらへ移った。そこで再びブレシアを檜舞台とするために、マッジ伯爵が中心となって1927年にスタートさせたのが、ミッレ・ミリアであった。はじめのうち、彼自身で車を駆ってミッレ・ミリアを走ったが、最後の数年間はブレシアのスタート台で各車が出発していくのを見守った。そして1957年をもってミッレ・ミリアに終止符が打たれると、まるですべてのエネルギーをそれに注ぎ尽くしてしまったように、伯爵の健康は急速に衰え、1961年に58才で世を去った。 このマッジ伯爵がスタート台に立っていた年のうち、最も印象的であったのが1955年であったろう。その年、メルセデス・ベンツ300SLRが新記録となるスピードで1000マイルを走り切って優勝した。そのドライバーが英国人のスターリング・モス、ナビゲーターにデニス・ジェンキンソンを乗せていた。
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