El Maestro 秀でたる者
El Maestro。エル・マエストロ。優れたオーケストラ指揮者などに対する敬称である。ファンジオも、母国アルゼンティンで尊敬をこめてこう呼ばれた。そして彼はチャンピオンにふさわしい資質をすべて備えていた。常に冷静沈着、不必要な無理をせず、車に負担をかけず、しかも危険を察知してそれを避ける能力にかけては、誰も並ぶ者がなかった。ファンジオは通算5回、ワールド・チャンピオンを獲得したが、その彼にしてミッレ・ミリアではついに勝利をつかむことができなかった。ひとつの理由は、ファンジオの乗る車にいつも何かのトラブルが起こったからである。1953年もそうであった。ファンジオはその年、アルファ・ロメオ3000CMを駆って途中までトップを走っていたが、やがて左の前輪がステアリングに反応しなくなった。普通ならここでリタイアするところだが、ファンジオは残った右前輪だけで車を操り続け、フータ峠などの困難な山道を走り抜いて、トップのフェラーリに12分遅れただけで2位にはいるのである。勝利こそ逃したが、これがファンジオの優れた資質をよく示す例として、現在でも称えられている。
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